私が医師を目指したのは幼稚園の頃である。
私が1歳の時には父が開業していたので、幼稚園、小学校、中学校と学校から帰るといつも、ただいま!と患者さんがいない瞬間を見計らって挨拶することが習慣となっていた。医師として働く父の姿を目にすることが出来たことは、自分の将来の目標を決定することに大きな影響を与えたと思う。ここでなぜ私の生い立ちに触れたかと言えば、父から医師としての心構え、医師の使命を有形無形に教育されてきたからである。
医は仁術なり。
広辞苑によれば、医は、人命を救う博愛の道である、とある。
言葉の意味を父、そして我が母校の慈恵医大の諸先輩の先生より学び続けることが出来たことは自分にとってこれ以上無い幸せである。
父より、目の前の患者さんが痛い痛いと泣き叫んでも、冷酷なくらい冷静に話を聞き診察しないと判断を間違えるものだよ、と何度も教わった。
消化器内科を研修医として学んでいた時の慈恵時代のある先輩からは、”朝何時に病院に来てるんだ!!!”と物凄い剣幕で叱られたことがあった。もちろん遅刻して病院に着いたわけでは無いが、肝臓がんの動脈塞栓術後の動脈止血確認をなるべく朝早く来て、仰向けで寝返りも出来ない辛さを解除してあげなくはいけないでしょ!という意味で厳しく指導されたあの光景を一度として忘れたことはない。
研修医1年目で血液内科で研修をしていた時、朝一番で採血して結果を出して上級医に相談しなければいけないが、時として何度も採血を失敗して患者さんからもうお前には採血をしてもらいたくないから○○先生に来てもらって、と言われたこともあった。でもそんな時でも嫌がらずに僕の腕で練習をしてくれていいのだから気落ちしないで頑張ってくれ!と励まされたこともあった。その患者さんは残念ながらもうこの世にいないが、このことを思い出すと涙が止まらない。このように言って頂いた人たちのお陰で今の自分がある、と心から思う。
もちろんこれら以外にも沢山の良き思い出、恥ずかしい失敗をしてきた。でもその度に、医療に真摯に向き合うことの大切さを学んだ。
どんなに大切に患者さんを想っていても知識がなければ助けることは出来ないことを学び、どんなに優しくても技術がなければ人を傷つけてしまうことも学んだ。
これまで正確な病気の診断には丁寧な診察が何より大切で、直接患者さんを目の前にしない診療などあり得ないと考えていたが、時代はある意味変わった。もちろん医療現場では、直接患者さんに触れたり、見たり、聞いたりすることの重要性は全く薄れておらず、このような時代になったからこそ、その重要性はより以前より増したと思う。しかし一方で今回のような新型コロナウイルス感染症でなるべく自宅にて自粛しなければいけない状況で、お薬が切れてしまう、けれど怖くて電車に乗れない、乗りたくないという場合には、オンラインを利用した診察は十分にその価値を発揮する。2020年5月12日現在、明らかに新型コロナウイルス感染症の重症者は減ってきているが、それとは対照的に糖尿病や高血圧症の方はコントロールが不良になっている。これは運動不足や精神的ストレスによるところが大きいだろうが、内服薬が切れてしまえば更に状態は悪化する。何よりも直接患者さんとお話しし、診察することが大切であると今でも思っているが、状況に応じてオンライン診療を行う意義は極めて大きいと感じた為、積極的にオンライン診療やオンライン相談を始めることにした。
オンライン診療を始めたことにより、また更に対面診療の意義も感じるようになった。採血や検査が出来るということ以上に、人に触れる、人に想いを伝える、そして人を大切にする医術は仁術なのだと。
2020年5月21日より初診の患者さんもインターネットによりオンライン診療予約が出来るようにシステムが変更される。1人でも多くの方に便利に利用して頂きたいと思うと同時に、本当に大切な診療は対面診療であることも、次に診療にいらした際にお伝えできたら医者冥利に尽きる。
医は仁術なり。
今までお世話になった多くの方々にご恩返しする為にも、信念を持って目の前の患者さんを大切にしたい。