時々、思い出すことがある。
それは父が息を引き取ったその日のことだ。
私が30歳の時に他界したので、もう早いもので17年が経つが、大袈裟でなく、その時のことは鮮明に覚えている。
私の母校である慈恵医大の第三病院外科病棟にて息を引き取ったのだが、看護師さんから、最後にお父様の背中を拭かれますか?と聞いて頂いた時に、なぜそう答えたか今でも分からないが、大丈夫です、と看護師さんに答えてしまった。そして兄や姉など家族みんなが背中を拭いている姿をただただ呆然と見続けていた。
30年間お世話になりました、という気持ちで本当は心を込めて背中を拭きたかったのに、なぜか素直にそれを言えなかった。後悔先に立たず、とは正にこれを言うのであろう。17年経った今でもあの時に戻りたいと思うと共に、次にあのような場面に遭遇したら必ず同じ過ちは犯すまい、と心に誓っている。
外科医であった父から様々なことを教えてもらったが、一番私の心に刻まれている教えは、人事を尽くして天命を待つ、である。父はまさにそれを体現してきた人であり、そんな父親のようになりたいと思いながら日々を送っている。
もう余命1ヶ月と言われてからも、毎日鉄アレイを持ち筋トレをし、自分の妻である私の母を呼び出しラジオ体操一緒にやろう!と声をかけ、体操をやる姿も思い出すと涙が出る。医事新報という医療雑誌を広げて毎日勉強もしていた。なかなか出来ることではない。子供の教育、ことに躾には特に厳しかったが、自分にも厳しい人だったので、嫌な父だなと思ったことが無く、それどころか自分もそんな父親になりたいと、尊敬の念しかない。自らがやるべきことをやったら、もし神様が居るとするならば後は神のみぞ先を知るのだ、という潔さを強く意識し続けられ育ててもらったことは、とても感謝しているし、それを自分の子どもだけでなく、自分が出逢う多くの方に伝えたいとさえ思っている。
現在多くの方々がCOVID-19の感染拡大に恐れ、心を痛めている。しかし、そんな時こそ、自分がやるべきことを日々淡々とやることが大切なのだと思うし、それを患者さんにも伝えたい。安全性の面での懸念はあるものの新型コロナウイルスワクチンの効果は非常に高く、基礎疾患を抱える方や高齢者の方はその接種により救われることは少なくないだろう。しかし、ワクチン接種以上に大切な事はたくさんある。日々の睡眠や栄養、運動の継続無くして健全な精神や肉体は出来ない。マスクも手洗いもとても大切だが、それは鎧に過ぎない。
いま一度、自分がやるべきことは何か?を自問し、大切なことを淡々とやり、それ以上はやるべきことはないのだという潔さを持ちたい。病気ばかり恐れ、やるべきことを怠ることは愚の骨頂であろう。
人事を尽くして天命を待つ
一人ひとりが大切にしたい言葉であると想い、ここに記す。